« 8月4日 箸の日 | トップページ | 8月26日 オランダのレーウェンフックが死去 »

8月7日 十返舎一九が死去

 1831年の今日は、江戸時代後期の戯作者(いわゆる作家)である十返舎一九が66歳で没した日です。

 十返舎一九は、大阪で浄瑠璃の脚本を書いていましたが、なかなか芽が出ませんでした。そこで江戸にもどり、有名な出版元の蔦屋重三郎にやっかいになって、店で製本の手伝いをしていました。

 手伝いながら黄表紙(挿絵が入った通俗的な読み物)を書き始めました。
 1802年、滑稽本「浮世道中膝栗毛」の初版を出したところ、予想外の大ヒットでした。この後毎年、続編を出し続け、いちやく流行作家の仲間入りを果たしました。

 このユーモアあふれる作品は「東海道中膝栗毛」と改題され、21年間に渡って大ベストセラーとなりました。
 大衆文学を確立し、原稿料によって生活するスタイルを切り開いた人物といわれています。
 
 「東海道中膝栗毛」の主人公は、ご存じ弥次さん(弥次郎兵衛)と喜多さん(喜多八)です。
 二人が「伊勢詣で」を思い立ち、数々の失敗やこっけいをくり返しながら、東海道を江戸から京、大坂へ旅をするようすを、狂言や小咄をまじえながら、当時の人々の話し言葉で描き出したものです。
 おもしろさだけでなく、好色なところもあちこちにあったのも人気の一つです。これはあまり知られていません。
 続編では金比羅詣で・木曽の旅も出版されました。

 このような道中記を書くには、旅を体験していないと書けませんので、一九は取材の旅に出かけていました。
 一九の本がおもしろいから、取材の旅での一九との旅もおもしろいだろうと期待して同行した人は、黙々と歩いてメモを取り続けるだけだから、まったくおもしろくないといっています。
 十返舎一九のふだんの私生活も、たいへん生真面目で無口でした。

 辞世の句
 「この世をば どりや(どりゃ)おいとまと 線香の 煙とともに 灰左様なら」
 

« 8月4日 箸の日 | トップページ | 8月26日 オランダのレーウェンフックが死去 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/503568/52411732

この記事へのトラックバック一覧です: 8月7日 十返舎一九が死去:

« 8月4日 箸の日 | トップページ | 8月26日 オランダのレーウェンフックが死去 »