« 3月25日 平将門の命日 | トップページ | 4月4日 キング牧師が狙撃された »

3月29日 お七、火あぶりの刑

 1683年(天和3)年の今日、18歳の八百屋の娘・お七(おしち)が、3日間の市中引回しの上、火あぶりの極刑に処せられました。

 前年12月28日、江戸駒込の大円寺から出火した火災は、東は浅草、南は日本橋にいたるまで焼きつくしました。

 焼死者3500名といわれる大火災でした。
 
 この大火で家を焼け出されたお七は、駒込の正仙寺(一説に円乗寺)に避難しました。ところがその時、その寺で出会った寺小姓・生田庄之介と恋に落ちてしまいました。

 翌年1月、新築された家にもどりますが、思い出すのは庄之介のことばかり。

 庄之介のことが忘れられず、火事になればまた会えるとあさはかな考えに至って、3月2日の夜に放火しました。
 さいわい火はすぐに消しとめられましたが、お七は御用となりました。

 当時は放火の罪は火あぶりの極刑に処せられていました。
 しかし17歳以下ならば極刑は免れることになっていました。

 そこで奉行は、お七の刑を軽くするために「おぬしは17だろう」と問いますが、その意味がわからなかったお七は正直に18歳だと答えてしまいました。

 お宮参りの記録を証拠として提出した程だったといいます。
 こうして、鈴ヶ森の刑場で極刑に処せられることとなったといわれています。

 なお、お七が丙午(ひのえうま)の年の生まれであったことから、丙午生まれの女子が疎まれるようになったということです。

« 3月25日 平将門の命日 | トップページ | 4月4日 キング牧師が狙撃された »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/503568/44620818

この記事へのトラックバック一覧です: 3月29日 お七、火あぶりの刑:

« 3月25日 平将門の命日 | トップページ | 4月4日 キング牧師が狙撃された »