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1月28日 ドストエフスキーが亡くなった日

 1881年の今日は、ロシアの作家・ドストエフスキーが60歳で死去した日です。
 ドストエフスキーの代表作は、「罪と罰」、「白痴」、「悪霊」、「カラマーゾフの兄弟」などが知られており、トルストイと並んで19世紀後半のロシア文学を代表する文豪です。

 ドストエフスキーは、モスクワの貧民救済病院の医師の次男として生まれました。
 作家時代を過ごしたのはペテルブルクで、物語の舞台として数々の作品に登場しています。

 処女作は「貧しき人々」で、批評家ベリンスキーに激賞されるなど、はなばなしくデビューを果たしました。
 デビュー前にドストエフスキーから直接作品を渡されて読んだ著名な詩人が、感動のあまり夜中にドストエフスキー宅を訪れたという逸話が残っています。

 はなばなしくデビューしたものの、その後の評価は厳しく、発表した作品は酷評をもって迎えられました。

 その後、空想的社会主義サークルのサークル員となりました。
 このため、官憲に逮捕され、死刑判決を受けましたが、銃殺刑執行直前に皇帝からの特赦が与えられて減刑され、シベリア流刑になりました。
 シベリア流刑というのも辛い刑です。
 シベリアのオムスクで1854年まで服役しました。

 この時の体験にもとづいた、「白痴」などで死刑直前の囚人の気持ちが語られるなど、この事件は以後の作風に大きな影響を与えました。
 
 この間に理想主義者的な社会主義者からキリスト教的人道主義者へと思想的変化がありました。
 その後「罪と罰」を発表し、ドストエフスキーの評価が一気に高まりました。

 さて、ドストエフスキーは賭博が好きなことで有名です。
 賭博好きな性質のため、ドストエフスキーの生涯は貧乏生活に苦しみ続けた生涯でした。
 借金返済のため、出版社との無理な契約をして、締め切りに追われる日々を送っていたということです。

 あまりのスケジュール過密さのため、「罪と罰」、「賭博者」などは口述筆記という形をとったほどです。
 無理をかさねながら、ドストエフスキーの最大の代表作・長編「カラマーゾフの兄弟」を書き上げましたが、その数ヵ月後の1881年1月28日、家族に看取られながら60歳で亡くなりました。

 ところで、ドストエフスキーを高く評価している著名人は多いです。
 アインシュタイン、フロイト、マーラー、日本では黒澤明、江戸川乱歩、手塚治虫がよく知られています。
 
 黒澤明はドストエフスキーを激賞しており、「是非、映画化したい」といっていました。
 実は、戦後まもない1951年に、ドストエフスキーの「白痴」を、設定を日本の札幌に置き換えて松竹で映画化していることを知りました。
 出演は、原節子、森雅之、三船敏郎、志村喬、東山千栄子といった懐かしい豪華メンバーでした。
 一度、見てみたいと思っています。
 

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