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12月26日 鍵屋の辻の決闘

 1634年の今日(旧暦の11月7日に当たります)は、鍵屋の辻の決闘といわれている仇討ちがおこなわれた日です。
 
 この決闘は、渡辺数馬と荒木又右衛門が、数馬の弟の仇である河合又五郎を、伊賀国上野の鍵屋の辻で討ったできごとです。伊賀越の仇討ちともうわれています。

 江戸時代の初めのことです。
 岡山藩主池田忠雄には寵愛する渡辺源太夫という小姓がいました。
 藩主に仕えてい河合又五郎は、源太夫に横恋慕して関係を迫りましたが拒絶されたため、逆上して源太夫を殺害するという事件がおきました。
 
 池田忠雄も源太夫も又五郎もすべて男性です。つまり3人の男性同士の愛情関係から事件が発生しました。

 源太夫を殺した又五郎は脱藩して逃亡しました。逃亡先の江戸では旗本・安藤正珍にかくまわれていました。
 一方、激怒した忠雄は、又五郎の引渡しを幕府に要求しましたが、安藤正珍は他の旗本を仲間に巻き込んでこれを拒否しました。
 
 解決が長引いているうちに、池田忠雄が、又五郎を討つようとの遺言を残して、疱瘡のため急死しました。
 忠雄にすれば、よほど無念だったのでしょう。
 
 幕府は、喧嘩両成敗として事件の幕引きをねらいました。河合又五郎を江戸からの追放して、かくまった旗本たちを謹慎することを決めました。
 
 源太夫の兄・渡辺数馬は、仇討ちをせざるをえない立場に追い込まれていました。主君池田忠雄の遺言による上意討ちの内意が含まれていたからです。
 数馬は仇討ちのために脱藩しました。
 数馬は剣術が未熟でしたので、義理の兄にあたる郡山藩の剣術指南役・荒木又右衛門に助太刀を依頼しました。

 数馬と又右衛門は、又五郎の行方を捜しまわった末、1634年秋、又五郎が奈良の旧郡山藩士の屋敷に潜伏していることをついに突き止めました。
 危険を察知した又五郎は、ふたたび江戸へ逃れようとしました。

 数馬と又右衛門は、又五郎が伊賀路を通って江戸へ向かうとの情報をつかみました。このため途中の伊賀上野の鍵屋の辻で待ち伏せすることにしました。
 数馬には、又衛門の門弟2人の3人が助太刀していました。
 
 護衛をふくむ総勢11人の又五郎一行は、待ち伏せされているとは知らず、早朝、鍵屋の辻にさしかかりました。

 又五郎一行に数馬、又右衛門らが切り込み、決闘が始まりました。
 又右衛門の奮闘と、又五郎らが頼みとしていた叔父(郡山藩剣術指南役)と妹婿の槍の名人が討ち取られたことで、又五郎側の多くは戦意を喪失して逃げ出してしまいました。

 逃げ遅れて残った又五郎は、数馬、又右衛門らに取り囲まれました。
 仇討ちのルールでは、又五郎を倒すのは数馬の役目になります。この2人は武士とはいえ、剣術の腕は大したものではなく、5時間も斬り合いが続きました。
 数馬がやっと又五郎に傷を負わせたところで、又右衛門がとどめを刺しました。
 又衛門はいらいらしていたことでしょうね。

 仇討ちの目的を達した渡辺数馬と荒木又右衛門は世間の注目を集めました。
 特に、実質的に仇討ちを成功裏に導いた又右衛門は大きな賞賛を浴びました。

 数馬と又右衛門、生き残った1人の門弟ら3名は、仇討ちを支援したとされている伊賀上野の藤堂家に4年間も預けられました。、

 この4年間、又右衛門らの処遇が検討されました。
 国替えされていた池田家の鳥取藩が引き取るか、旧主の郡山藩が引き取るかで紛糾したようです。
 結局、3人は鳥取藩が引き取ることになりました。

 3人は鳥取に到着しましたが、その17日後に鳥取藩から荒木又右衛門の死去が公表されました。
 突然な又右衛門の死は、いろいろな憶測を呼び、毒殺されたという説、生存したままかくまったという説、切腹させられたという説などさまざまです。

 この仇討ちは、江戸時代から歌舞伎、浄瑠璃、講談などの題材となって、大衆の人気を集めました。
 映画やテレビ、時代小説などでも数多く取り上げられています。

 また、この仇討ちは、曾我兄弟の仇討ちと赤穂浪士の討ち入りにならんで、「日本三大仇討ち」の一つに数えられています。

 なお、伊勢街道と奈良街道の分岐点にあたる鍵屋の辻は、現在、「鍵屋の辻史跡公園」となっています。
 園内には伊賀越資料館や数馬茶屋などがあります。

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