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12月15日 ローマ皇帝、ネロが生まれた

 今から約2000年前のローマ帝国で、のちの皇帝になるネロが今日、生まれました。

 生まれたころのネロは、皇帝の地位など望むべくもありませんでした。ところが、母がネロを連れて皇帝と結婚し、皇妃となったところから運命が変わりました。
 母の数々の策略によって、ネロは皇帝の養子となり、立場が強化されました。

 皇帝には実子ブリタンニクスがいましたが、徐々に疎外され、ネロの存在が際立つようになってきました。
 クラウディウス帝が死ぬと、ネロが17歳で皇帝に即位しました。
 初期は、家庭教師でもあった高名な哲学者セネカや親衛隊長官の補佐を受け、名君の誉れが高かったのです。

 暗い悲惨な過去を背負っていたネロの母は、ネロを皇帝にする野心に燃え、秘密工作、粛清、殺人…と、あらゆる策謀に手を染め、「悪女」とよばれる恐るべき母になりました。

 やがて、ネロは母の干渉を疎ましく思ってきました。それを感じた母は、かつて自らが退けた前帝の実子ブリタンニクスに注目するようになりました。
 ところが、そのブリタンニクスは成人の儀式目前で急死してしまいました。ネロが暗殺したといわれています。

 母との対立が深まり、ネロは母を殺害しました。
 ネロは、さらに多くの元老院議員を処刑し、妻オクタウィア、哲学者セネカを殺害し、ローマ大火の犯人としてキリスト教徒を迫害したことから、後世では暴君として知られるようになりました。

 一方、ローマの街を灰燼に帰してしまった大火の後の復興は見事でした。都は新しく生まれ変わりました。
 しかし、ローマ市民は、「皇帝が新しい町を作るためにローマに火をつけた。」と噂しました。

 このころ、属州でおこった反乱が波及して、各地の属州総督がこれに次々に同調しました。
 ついには元老院からも「国家の敵」としての宣告を受けてローマを追われました。
 そして、自らの喉を剣で貫いて自殺しました。30歳の若さでした。

 そもそもネロという皇帝は、もともとおとなしい性格の子だったようですが、歪んだ母子関係のもとでおきた悲劇ともいえます。
 暴政の合間にも善政が交互におこなわれているふしがあります。ネロは、善政が持続しませんでした。
 本人の自殺後、ローマ市民はネロに対して同情を示し、墓にはいつも花や供物が絶えなかったといわれています。

 話題が大きく飛びますが、「暴君ハバネロ」というスナック菓子をご存じですか。
 普通のトウガラシよりも辛い「ハバネロ」というトウガラシと、「暴君ネロ」をかけあわせたた駄洒落が商品名となっているお菓子です。
 
 発売時、世界一辛いとギネス・ワールド・レコーズで認定されていたトウガラシ・ハバネロを使用しています。
 暴君ネロもとんだところで有名になったものです。

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