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11月13日 サトーハチローの忌日

 今日は、詩人サトウ・ハチローが心臓発作のために、70歳で亡くなった日です。
 サトーハチローは1903年、小説家の佐藤紅緑の長男として東京都新宿区で生まれました。
 中学時代、舞台女優と同棲をはじめた父への反発から中学を落第、退校、勘当、留置場入りを重ねました。転校8回、落第3回、勘当されること17回のおよびます。
 少年時代から放浪生活を送ったことはよく知られています。
 小説やテレビドラマでも取り上げられています。 

 八チローは、16歳で詩を作り始めて、西条八十に師事しました。
 小笠原島の感化院に入ったとき、生活をともにした福地幸次郎の紹介でした。福地は八チローにとって生涯の恩師ともいうべき人でした。
 弟子入りのあと、八チローは童謡を作り、数々の雑誌や新聞に掲載されるようになりました。

 昭和の時代となってからは、歌謡曲の作詞を始めました。
 このころの代表的な作品には、「麗人の唄」「あなたと呼べば」などがあります。

 戦時中はカタカナ名前を禁じられましたが、”佐藤八郎”を拒否してサトーハチローで通し、「もずが枯木で」を作詞しました。 

 戦後は、このブログでも紹介した「リンゴの唄」を作詞しました。この歌は、並木路子の歌によって大流行し、戦後の日本を象徴する歌となりました。
 また「長崎の鐘」も作詞しています。またNHKラジオの「話の泉」に出演して人気を得ました。この番組ではレギュラーとして、1964年まで出演しました。
 1951年、NHKのラジオドラマ「ジロリンタン物語」の原作を執筆しました。

「文学者掃苔録」より(スミマセン。勝手にリンクしました。)

(心のうた)
 一番苦手なのは
 おふくろの涙です
 何にもいわずに
 こっちを見ている 涙です
 その涙に 灯りがゆれたりしていると
 そうして 灯りがだんだんふくらんでくると
 これが 一番苦手です
 一番苦手なのは
 おふくろの瞳です
 なんにもいわずに
 あっちむいてる瞳です
 そのまつ毛を 静かにとぢたりしていると
 そうして 空気がだんだんよどんでくると
 これが 一番苦手です                      

 童謡の詩を作ることに専念してからは、1955年に「ちいさい秋みつけた」を作詞、レコード大賞童謡賞を受賞しました。
 
 母親への想いなどをうたった情感のある優しい作風で知られる反面、私生活は放蕩で奇行が多かったといわれています。
 作品に表現されている「母親への想い」はフィクションだということです。

<おもな作品>
童謡:「ちいさい秋みつけた」「かわいいかくれんぼ」「うれしいひなまつり」「わらいかわせみに話すなよ」「とんとんともだち」「お山の杉の子」 「めんこい仔馬」など。

歌謡曲:「リンゴの歌」「長崎の鐘」「うちの女房にゃ髭がある」「目ン無い千鳥」など。

 「とんとんともだち」
 
 1番
 とんとんともだち みんなで九にん 
 一ちゃん 二ろくん 三ちゃん 四げぼう 
 五ろやん 六んぼ 七ちん 八ちゃんこに 九どんどん 
 だれかがしかられた みんなでごめんなさい

 2番は最後の行の歌詞だけ
 だれかがくしゃみした みんながかぜひいた

 3番も最後の行の歌詞だけ
 だれかがけがをした みんながべそかいた

 他にも校歌、CMソングなど多数の作品を発表しました。
 私たちのまわりの名曲もサトーハチローの作詞だったのですね。

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