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10月29日 凌雲閣(浅草十二階)が竣工

 1890年の今日、東京・浅草に「凌雲閣」の建物が竣工しました。
 「凌雲閣」は、1890年から1920年までの約30年間、東京・浅草にあった、当時では珍しい12階建てのビルです。
 12階建てでしたので、「浅草十二階」という名でも知られています。

 10階まではレンガ造りでそれより上は木造でした。高さは52mといわれています。
 名称の由来は、「雲を凌ぐほど高い」ことを意味しています。
 そのころ郵便物として許可されて、大流行した絵葉書にも、まわりが平屋の家々の中に、雲を突くようなビルが立っている写真が残っています。
 まさに「凌雲閣」は、東京における高層建築物の先駆けでした。

 また、日本で初めてのの電動式エレベーターが設置されたことでも知られいます。
 「凌雲閣」の開業は予定より一日延期になって11月11日になりましたが、当初の開業予定日11月10日が、今日でも「エレベーターの日」に制定されています。

 完成当時は、12階建ての建築物はモダンでしたから、多くの客が集まり、歓楽街となって浅草の顔でもありました。外国の短編映画にもその姿が登場しています。
 建物の中は、8階までは世界各国の物産店でした。それより上の階は休憩室・展望室になっていました。
 176枚の窓があり、展望室からは東京界隈はもとより、関東平野を取りまく山々まで見渡すことができました。

 開業時にはもの珍しさで多数の人々で賑わいましたが、しだいに客足が減り、経営困難に陥っっていきました。
 明治の末に、「十二階演芸場」ができ、1914年には、それまで使用中止していたエレベーターが再設されたのをきっかけに、来客数が増えましたが一時的なものに終わり、その後は再び経営難に苦しみました。

 12階は、その高さゆえに浅草のランドマークとなり、石川啄木の「一握の砂」、北原白秋・金子光晴の詩歌や江戸川乱歩の短編「押絵と旅する男」など、数多くの文学作品にその姿は登場しました。

  石川啄木の短歌<「一握の砂」より> 
  浅草の凌雲閣のいただきに 腕組みし日の長き日記かな  

 1923年に発生した関東大震災は「凌雲閣」に決定的な打撃を与えました。
 建物の8階部分から上が崩壊してしまいましたが、経営難のために復旧が困難でしたので、同年に陸軍工兵隊により爆破解体されました。
 凌雲閣の跡地はその後、映画館の浅草東映劇場となっていましたが、現在はパチンコ店になっているようです。

 ちなみに、日本で初めての美人コンテストは1891(明治24)年に行われたという記録があります。
 そのわが国初のコンテストこそ「浅草凌雲閣」で開催された「百美人コンテスト」だといわれています。
 ただし、この美人コンテストの参加者は一般女性ではなく、赤坂、新橋、吉原、向島などの花街の芸妓たちでした。
 当時のことですから水着になるなんてとんでもありません。投票は写真を見ておこなわれました。
 「百美人コンテスト」では、同じ背景のもとで撮影した写真を、不公平のないように並べるなどかなり気を使って投票がおこなわれました。
 見事、第1位となったのは、新橋芸妓のおすずという女性でした。

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