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10月12日 コロンブスがサン=サルバドル島に到達

 今日は、学生時代にだれもが聞いたことがある「意欲に(1492)燃えたコロンブス」がアメリカ大陸の近くの海域のサン=サルバドル島に、ヨーロッパ人として始めて到達したといわれている日です。
 1492年にアメリカ大陸を発見したというのは、正確に言えば間違っています。

 「コロンブス」はイタリアのジェノバ出身の探検家であり、航海者であり、商人でもありました。大航海時代に最初にアメリカ海域へ到達したイタリア人です。
 「コロンブス」は、エラトステネスやトスカネリの「地球球体説」(地球は丸いということ)に影響され、西へ西へと西回りで進み続ければアジアへと到達できるという考えに達しました。
 当時、一般民衆は、世界は平らな板だと信じていました。
 中央に大陸があり、周囲を海が取り巻き、板の端からは海水が滝のように流れ落ちていて、陸地から遠ざかると船が滝から落ちるという恐怖が常にありました。

1492年8月3日、スペイン女王から援助を受けて、「コロンブス」らは3隻の船団で、大西洋を西回りでインドをめざしてスペインのパロス港を出帆しました。
 総乗組員数は約90人(120人という説もあります)。
 ところがヨーロッパ大陸が視界から消えて、四方が海ばかりの大西洋に出ると乗組員はパニックになったといわれています。
 コロンブスに迫って、「あと3日で陸地が見つからなかったら引き返す」と約束させました。

 出帆から約2ヶ月後の今日、ついに一行はある小島にたどり着きました。
 その島は、現地の名前ではグアナハン島でしたが、コロンブスは、救世主を意味するサン=サルバドル島と名付けました。
 
 さて、「コロンブス」の当初の目的はインドへ行くことでした。そのためには危険を冒してまでも西回りでインドをめざしました。
 なぜ、インドだったのでしょうか。
 ずばり、それは胡椒を安く手に入れたかったからです。インドの胡椒はヨーロッパ人の肉の保存には欠かせませんでした。ところが、イスラム商人の手を経ると価格が暴騰してしまうのです。ヨーロッパ人はイスラムの商人から高い胡椒を買わざるを得ませんでした。
 
 インドの胡椒を直接手に入れて大もうけしたいというのが、ヨーロッパの商人とそこから分け前をぶんどる国王のねらいだったのです。
 「コロンブス」の真のねらいは胡椒による金儲けだったのではないでしょうか。純粋な探検なんて、当時ではありえません。

 「コロンブス」は、その後4次に渡って航海を続けますが、胡椒はみつかりませんでした。
 また、しだいに立場も悪くなり、やがてすべての名誉を剥奪されて、1506年、スペインで失意のうちに死去しました。
 「コロンブス」は最初の到達地がインドだったと死ぬまで信じていました。
 
 なお「コロンブスの卵」という言葉がありますが、これは、「人がやったことは簡単そうに見えて、誰がやってもできそうなことでも、最初にやることはむつかしい。」という意味です。
 大陸を見つけるのは簡単なことだといわれたコロンブスが、それではこの卵を机に立ててみて下さいと言いましたが誰もできませんでした。そこでコロンブスは軽く卵の先を割ってから机に立ててみせたという話がもとになっています。
 要するに、「そんな方法なら誰でもできる」という人々に対し、「人がやった後では簡単なことだ」といい返したということです。
 ただし、この話は後世の作り話だといわれています。

 コロンブスの死後、ドイツで発行された地図には、南米大陸の発見者として、アメリゴ=ヴェスプッチの名前が記録されていました。
 この結果、ヨーロッパでは新大陸全域をあらわす地名として、「コロンビア」ではなく「アメリカ」が使われるようになり、今日に至っています。

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