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10月19日 「ガリヴァー旅行記」のスウィフトが死去

 今日は、イギリスの作家である「ジョナサン・スウィフト」が死亡した日です。
 スウィフトは1667年生まれですから、日本でいえば、江戸時代の中期のころにイギリスで活躍したことになります。

 スウィフトはアイルランドで生まれ、叔父の家で育てられました。
 ダブリン大学を卒業して、テンプルという政治家の秘書になりました。この時期に古典や歴史に興味をもち、政治にも関心をよせるようになっていきました。
 
 スウィフトは、当時のイギリス社会のいろいろな害悪を、書物によって批判しようとしていました。
 まず、1704年には、キリスト教会内部の争いを風刺した「桶物語」と、学問の世界を風刺した「書物合戦」を出版しましたが、これはかなりの評判になりました。

 テンプルが死んだ後は、当時のイギリスの二大政党の一つ、ホイッグ党のために政治論を書きました。
 のちに、ダブリンの聖パトリック寺院の首席司祭(僧職)になりましたが、アン女王の死をきっかけに失意のうちに引退しました。持病のメニエール症候群によるめまいと耳鳴りがひどくなっていたからです。

 なお、そのころ、デフォーが「ロビンソン・クルーソー」を出版して好評を得ていました。
 スウィフトは、これをきっかけに「ガリヴァー旅行記」を書き始めました。スウィフトは、軽蔑していたデフォーの成功に対抗心を燃やしていたといわれています。
 そして、1726年、59歳のとき,「ガリヴァー旅行記」を出版しました。

 「ガリヴァー旅行記」は4部からなっています。
 「リリパット国渡航記」では,身長15センチほどの小人の住む国にガリヴァーが漂着したところから描かれています。一番有名な場面です。
 ここでは戦争、奴隷制度、植民地主義など、当時のイギリスの政治を描いています。

 「ブロブディンナグ国渡航記」では巨人国を描いています。この国には、人間の12倍もある巨人が住んでいます。
 平和が保たれたこの農業国をスウィフトは好意を持って描いています。

 空飛ぶ島の「ラピュータへの渡航記」を経て、馬の国へ行きますが、ここの「ラピュータ」は、宮崎駿のアニメーション映画「天空の城ラピュタ」の名の由来です。
 
 最後の「フウイヌム国渡航記」は、いわゆる馬の国の旅行記です。
 フウイヌム国の支配者であるフウイヌムは、馬の姿をしていますが、理性のある動物です。
 一方、人間によく似た姿のヤフーという動物は、野蛮で下品な下等動物として登場します。
 簡単にいえば、”理性のある馬”と”野蛮で下品で下等な人間”を対比させています。
 この国におかれたガリヴァーは、何が正常で、何が異常なのか、かなり混乱してしまうというストーリーです。
 なお、インターネットで有名なヤフー(Yahoo)はここからとった名前です。

 スウィフトは、「愚か者」(gullible:だまされやすい)の意味をこめて「ガリヴァー(Gulliver)」という名前を主人公に付けました。
 この「だまされやすい者」に旅行をさせて、イギリスの政治・社会を直接に風刺しています。
 
 物語の奇抜さから、一部分を抜き出せば、子どもにもおもしろい読み物として世界中の人々によく知られる物語になりました。

 ガリヴァーの晩年は、精神障害をおこし、廃人のようになって、78歳で世を去りました。

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