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10月23日 東京オリンピックで「東洋の魔女」が金メダルを獲得

 1964年の今日、東京オリンピック女子バレーボールで、「東洋の魔女」がソ連を下し金メダルを獲得しました。
 「東洋の魔女」というのは、1961年のヨーロッパ遠征で22連勝した日紡貝塚女子バレーボールチームにつけられたニックネームです。
 
 私たち日本人は、魔女という言葉を「不思議な力を持つ女性」としてとらえ、。「魔女の宅急便」などにみられるように悪意はありません。
 ところが、英語圏では、魔女と言うのは女性に対する最悪の罵声の一つだそうです。「東洋の魔女」というのは褒め言葉ではなく、野次であり侮蔑であるというのが実際のところでした。
 また、、「東洋の魔女」とよばれる前、当時のソ連の外電は、「東洋の台風」、「東洋の魔法使い」の異名をつけて世界的なヒロインとして伝えました。

 さて、1964年の東京オリンピックでは、6人制バレーボールが正式種目に採用されました。メダルが期待される種目でした。
 日本は、日紡貝塚を主体としたチームで出場しました。圧倒的な強さで、全5試合で落としたセットはポーランド戦の1セットのみというものでした。
 
 ソ連とは全勝同士の決勝戦であたりました。
 試合は、日本が順調に2セットを連取しました。3セット目も試合を優位に進めましたが、14対9のマッチポイントをとりましたが、その後ソ連の粘りが続きました。
 しかし、最後はソ連の選手のオーバーネットによる反則によって、セットカウント3対0のストレートで勝利し、金メダルを獲得しました。
  
 魔女に魅入られた一億人の人々は、決勝戦で視聴率85%(NHK)という高視聴率をひねり出したのでした。私も家族も、テレビに熱中して応援したことを思い出します。

 このころから、空前のバレーボール・ブームがおこりました。テレビ・漫画の「サインはV」、「アタックNo.1」などは人気番組になりました。
 中学校・高校のクラブではバレーボール部のない学校はない、というぐらいに普及しました。ママさんバレーもしかりです。

 回転レシーブや時間差攻撃、変化球サーブなど今では当たり前になっているさまざまな戦術をあみ出した功績は大きいと思います。
 これらの戦術は、当時の人々にとっては「魔法」のように見えたのかもしれませんね。

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