« 9月17日 楊太真が貴妃になった日 | トップページ | 9月19日 平民にも苗字が許された »

9月18日 関東軍が満州事変をおこした

 今日は、日本の関東軍によって「満州事変」が引きおこされた日です。
 満州というのは、現在の中国東北地方のことです。

 1931年9月18日の夜のことでした。
 奉天(現在のシェンヤン)の町の人々は、夜もふけたというのに突然響きわたる大きな音に驚かされました。
 10時40分、奉天の日本領事館に「中国軍が鉄道を爆破したので、日本軍が出動した。すぐ来てほしい」という内容の電話がありました。
 爆破されたのは日本が利権を持っていた南満州鉄道の線路です。

 その後あきらかになったことは、日本の関東軍が自分たちで鉄道に爆薬を仕掛けて爆破させたのでした。
 爆破したあとも列車が通過し、損傷はたいしたことはありませんでした。

 ところが関東軍は、この爆破は中国側がやったことであるといって、それを理由に各地で軍事行動に出たのです。
 日本の新聞は、関東軍の発表をそのまま報道しました。

 そもそも爆破事件の背景には、当時の政党内閣は中国との対立をできるだけ話し合いで解決していこうという考えでした。
 それに対して関東軍は、生ぬるいと不満をもち、「満州は日本の生命線だ」と勝手に理由をつけて事件をおこしました。実力行動をおこせば、やむを得ず政治の方があとからついてくるだろうという強引な独断行動でした。

 日本政府は不拡大の方針を声明しましたが、関東軍はまったく無視して独自の軍事行動を展開していきました。
 そして、全満州を占領して、日本のかいらいにすぎない「満州国」を作ってしまいました。
 この満州国の皇帝に担ぎ出されたのが映画「ラストエンペラー」で描かれた〈フギ〉でした。

 なお、中国政府は爆破の事実は一切認めませんでした。さらに、日本の侵略行動を厳しく非難し、国際連盟に提訴して世界に訴えました。
 国際連盟のリットン調査団は、日本の侵略と断じました。
 1933年、国際連盟総会でも42対1で、日本の満州撤兵を勧告する決議案が可決されました。

 このあと日本はどうしたのでしょうか。
 国際連盟を脱退し、世界の孤児になる道を選んだのでした。
 前年には五一五事件で、「話せばわかる」と言った犬養首相は、「問答無用」と射殺されています。
 
 以後、日本は軍部中心の政府が続いていきました。

 戦争を引き起こす国は、自分勝手な理由をつけたがります。
 大量破壊兵器があると断じて、遠い異国の地でイラク戦争を始めたアメリカなどは、今までいくつ理由を作ってきたでしょうか。

« 9月17日 楊太真が貴妃になった日 | トップページ | 9月19日 平民にも苗字が許された »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/503568/42520203

この記事へのトラックバック一覧です: 9月18日 関東軍が満州事変をおこした:

« 9月17日 楊太真が貴妃になった日 | トップページ | 9月19日 平民にも苗字が許された »