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9月13日 杉田玄白の誕生日(旧暦)

 旧暦の今日、9月13日は、「杉田玄白」が誕生した日です。

 杉田玄白は中学校の歴史ではかならず習うため、多くの日本人が知っている有名人で、江戸時代の蘭方医です。
 代々小浜藩の医家で、玄白で3代目にあたります。なお、同族には江戸時代に間宮海峡にその名を残す探検家である間宮林蔵がいます。

 父が西洋流の外科医であったことから、西玄哲からオランダ流の医学を学びました。しかし、当時は長崎とちがって、江戸ではオランダ語を学ぶことはむつかしく、玄白はオランダ語を学ぶことを断念していました。   
 小浜藩医になったのち、1757年、25歳のとき江戸日本橋でオランダ流外科を開業しました。

 さて、玄白は、2~3年前に、山脇東洋が京都で処刑された罪人の腑分け(人体解剖)をして、人体の内部を確かめたことに大きな刺激を受けていました。
 39歳の時、玄白はオランダ語訳のドイツの医学書「ターヘル=アナトミア」を手に入れることができました。
 また、江戸小塚原の刑場で処刑された老婆の腑分け(人体解剖)がおこなわれると連絡を受け、玄白はそれを見学できることになりました。

 腑分けの当日、玄白が「ターヘル=アナトミア」を持っていくと、前野良沢も同じ本を持ってきており、お互いに驚きました。さらに驚いたのは、体の内部をあらわした図がきわめて正確だったことでした。
 驚くを通り過ぎて感激してしまった2人は、この本を日本語に翻訳することを決意したのでした。
 
 翻訳のために前野良沢の家に集まりましたが、オランダ語がわかるのは前野良沢一人だけでした。
 玄白、中川淳庵らは良沢からオランダ語を学びながら訳しはじめました。十分な辞書もなく,苦心をかさねて、翻訳の作業はゆっくりとした速度で、しかも確実に続きました。
 のちに加わった桂川甫周、石川玄常らの助けも借りましたが原稿が完成するまでに3年半もの歳月がかかってしまいました。。
 1774年8月、「ターヘル=アナトミア」は、ついに「解体新書」5巻が完成し、江戸で出版されました。

 こうして、玄白は蘭学の祖といわれるようになりました。
 玄白の偉さはこれだけではなく、外科の実際の診察においては、多くの病人を治療し、すぐれた医師として評判が高かったのです。
 しかも、診察をしながら、蘭学塾をひらいて多くの門人を育てました。のちに江戸の蘭学の中心になった大槻玄沢もこの塾の出身でした。
 
  晩年には翻訳にあたっての回想録として「蘭学事始」を執筆しましたが、これは明治になってから福沢諭吉により公刊されました。

  墓所は東京都港区愛宕の栄閑院にあります。

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