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9月8日 湯川秀樹の誕生日

 湯川秀樹は1907(明治40)年の今日、東京で誕生しました。 
 
 1929年、京都帝国大学理学部物理学科卒業。しばらくして、大阪胃腸病院の院長湯川家の婿養子となり、小川姓から湯川姓となりました。

 1934年、有名な中間子理論構想を発表し、素粒子論に新しい分野を開きました。
 1935年、「素粒子の相互作用について」を発表して 中間子の存在を予言しました。素粒子論とは、原子を構成している基本的な微小粒子である中性子や陽子・中間子などのはたらき合いについて研究する学問です。
 日本にはこの分野のすぐれた学者が多いです。

 この研究が評価され、戦前に学士院恩賜賞、最年少(36歳)での文化勲章を受章しました。
 さらに1949年、ノーベル物理学賞を受賞しました。
 ノーベル賞受賞は、日本人として初めての受賞であり、このニュースは敗戦後の日本国民に大きな力を与えました。
 その後も後進の指導にはげむかたわら、革新的な理論を提唱しつづけました。
 
 またその一方で、世界平和七人委員会のメンバーとして核兵器に対する警告を発し、核戦争の危機を訴えるなど、核兵器廃絶を訴える平和運動にも積極的にかかわりました。
 ラッセル=アインシュタイン宣言にも共同宣言者として名前を連ねています。

 1981年、肺炎に心不全を併発し、最後まで第一線級の物理学者であり続けた湯川秀樹は、ついに京都市の自宅で死去しました。74歳でした。

  私の小学生のころ、父や担任の先生から、「湯川博士は立派だ。」「湯川博士は・・・・」「湯川博士は・・・・」と、説教のときにも雑談のときにも、枕詞のように付いていました。
 
 そのため、その後は親しみをもって湯川秀樹という大学者を見ることができました。さらに湯川博士が反核平和運動に積極的だと知ったときは大いに感激しました。

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