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9月7日 吉川英治が死去

 今日は、大衆小説で幅広い読者をひきつけた作家・吉川英治が亡くなった日です。

 吉川英治は1892年、横浜市で生まれました。 
 英治が生まれた当時、父は牧場経営に失敗し、寺子屋のような塾をしたり、貿易の仲買人のようなことを始めていました。
 やがて横浜桟橋合資会社を設立して、一時期、生活は安定しましたが、トラブルがもとで裁判で敗訴すると、刑務所に入れられ、出所後は生活が荒れて英治の家運が急激に衰えていきました。

 英治は10歳のころから雑誌に投稿をするようになり、雑誌「少年」に作文が入選したこともあります。 
 家運が衰えたのはこのころで、小学校を中退しました。 
 英治はいくつもの職業を転々としつつ、独学しました。 1910年に上京して、浅草に住みました。このときの浅草の町並みが、後になって江戸の町を書くにあたって印象に残っていたといいます。 

 またこのころから川柳をつくり始め、「大正川柳」に参加しています。また、「江の島物語」が「講談倶楽部」に3等当選しましたが、生活は向上しませんでした。

 1921年に母が没すると、翌年より東京毎夕新聞社に入りました。しだいに文才を認められていきましたので「親鸞記」などを執筆するようになりました。
 ところが関東大震災で被災して同社が解散すると、これを機に文学で生計を立てることを決意しました。
 
 作品をさまざまなペンネームで発表しましたが、「剣魔侠菩薩」で作家として一本立ちすることができました。そのころ創刊された「キング」に連載した「剣難女難」で初めて吉川英治のペンネームを使いました。
 「キング」では、「坂東侠客陣」「神洲天馬侠」の2長編を発表し、さらに多大な読者を獲得しました。
 執筆の依頼は増え、阿波の蜂須賀重喜の蟄居を背景とした傑作「鳴門秘帖」を完成させました。
 これらの作品の売れ行きはよく、また作品も多く映画化されました。ますます人気が高まり、時代小説家として大衆文学界の重鎮となりました。

 こうして巨額な印税が入って生活は急激に好転して行きましたが、家庭の問題では安穏ではありませんでした。貧しいときから寄り添っていた妻とはうまくゆかず、ついに離婚しました。

 1935年、「親鸞」を発表し、同年の8月からはじめた「宮本武蔵」の連載は4年後まで続きました。「宮本武蔵」は、新聞小説史上かつてない人気を得た大衆小説の代表作となりました。
 つづいて「新書太閤記」、「三国志」を連載しました。

 1945年、終戦後は「高山右近」「大岡越前」で本格的に復活しました。
 やがて、「新・平家物語」の連載を開始しました。これは連載7年におよぶ大作で、この作品で第1回菊池寛賞を受賞しました。
 「新・平家物語」終了後は、「私本太平記」「新・水滸伝」を連載しました。
 「私本太平記」は、従来逆賊とされてきた足利尊氏を描いた作品です。

 1960年、文化勲章を授与されています。
 「私本太平記」の連載終了まぎわに肺がんがわかりました。翌年夏にはがんが転移し悪化しました。
 1962年9月7日、闘病の甲斐なく肺がんのため国立がんセンターで死去しました。70歳でした。

 私が30代のころ、長編小説に飢えていたとき、書店の吉川英治コーナーで「新・平家物語」の16巻がふと目に飛び込んできました。「よし、これを読んでやろう」と思って2巻(一・二)を買って帰ったのが、吉川英治との縁の始まりでした。

 その「新・平家物語」のおもしろいこと、おもしろいこと、バス・電車・喫茶店・寝床の中でも読みふけりました。
 この後、「私本太平記」、「新・水滸伝」、「鳴門秘帖」、「親鸞」、「宮本武蔵」、「三国志」、「高山右近」、「神州天馬侠」と立て続けて読みふけりました。

 特に、戦前では天皇に背いた大悪人とされていた足利尊氏の若き日々からの成長を取り上げた「私本太平記」が気に入りました。
 もう一つ二つ取り上げるとしたら、「三国志」と「宮本武蔵」です。長編ですから、読み応えがありました。

 なお、横山光輝は、英治の「三国志」をもとに、「三国志」として漫画化しています。
 井上雄彦が「宮本武蔵」をベースにして漫画化した「バガボンド」も有名で、超おもしろいです。

 吉川英治の作品は、読みやすくておもしろいです。

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