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9月25日 シーボルトが国外追放になる

 江戸時代の1823年、オランダ商館付き医師として長崎に着任したシーボルトが、1828年に帰国する際に「大日本沿岸輿図全図」などの禁制品を持ち帰ろうとしたことが発覚し、翌1829年の今日、国外追放となりました。
 この事件は、「シーボルト事件」といわれています。

 シーボルトは、1796年2月17日、ドイツの医学界の名門の家に生まれました。
 大学では医学をはじめ動物学・植物学・民族学などを学びました。卒業したあと、近くの町で医者として働いていました。
 まだ見ぬ東洋の国に興味をもち、東洋へ行く準備をしていたところ、長崎のオランダ商館付きの医師として日本へ行く命令を受けました。
 それもただの医者としてだけではなく日本との貿易のために、日本のことについて調べるようにも命じられていました。

 長崎へ到着したあと、日本に来た外国人は出島から出てはいけないところ、シーボルトはすぐれた医者でしたので、長崎の町に出て病人を診察することが特別に許されました。
 長崎に来て1年たったころ、長崎の郊外の鳴滝で塾を開きました。
 鳴滝塾では、日本各地から集まってきた医者たちに、オランダ語や医学などを教えました。
 こうしている間にも、医師としての名を高めていきました。
 多くの若い蘭学者が彼のもとに集まりました。鳴滝塾で学んだ人々は、やがて医者や学者として活躍しました。
 
 シーボルトは、何人かの日本人の生徒たちといっしょに住み、日本研究の手伝いをしてもらいました。お返しに医学を勉強したことの証明書を発行したり、医学の本や器具などを与えたということです。
 また、シーボルトも日本人から日本のことをいろいろと教えてもらいました。
 シーボルトの指導法は、いろいろな問題を与えて、それについてオランダ語で論文を出させるものでしたので、彼のもとには、滞在5年の間に、日本の歴史・地理・植物・動物・鉱物・産業など、各方面の資料が集まりました。
 
 さて、シーボルトは、1826年の長崎商館長の江戸参府に同行しました。日本のことを調べる絶好の機会でした。
 旅の途中で植物や動物の採取をしたりしました。 
 江戸では、多くの日本人がシーボルトのもとに、病気やけがの治療法や西洋の知識を教わりにきました。  

 この旅行の時に集めた本や絵、いろいろな品物は、船でオランダまで送られました。
 シーボルトは、日本から帰った後に、調べたことを本で紹介したり、集めたものを博物館で見せたりしています。

 1828年、シーボルトが5年の任期を終えて帰国しようとしたとき、いわゆる「シーボルト事件」がおきました。
 彼が乗船することになっていたコルネリウス・ハウトマン号が、長崎を襲った暴風雨のため、稲佐の海岸に乗り上げて出港が延期されました。このときの荷物の中に日本地図や将軍家の家紋である葵の紋付きの着物など、そのころ日本から持ち出すことが禁じられていたものが含まれていたことが発覚したのです。

 シーボルトは出島に拘禁され、厳しい取り調べを受けることになりました。彼は、多くの協力者に罪がおよぶことを恐れて、その名前は一切あきらかにしなかったといわれています。
 取り調べの結果、シーボルトは国外追放を申し渡されました。シーボルトは、生徒たちに別れをつげて、オランダに帰国しました。
 シーボルトが日本を去ったあと、多くの協力者が幕府によって処罰されました。 

 さて、シーボルトが日本を去って30年後、国外追放がとかれ、ふたたび日本に来ることができました。
 長崎に到着したシーボルトは、なつかしい鳴滝に住み、昔の門人たちや娘・イネたちと交流しながら日本研究を続けました。
 また、幕府にまねかれて、外交顧問になり、江戸でヨーロッパの学問を教えました。
 3年後に日本を去り、1865年10月18日、ドイツのミュンヘンで70歳で亡くなりました。

 ヨーロッパに帰っていたとき、シーボルトは、日本についての研究書「日本」や、「日本植物誌」「日本動物誌」などを出版しています。
 「日本植物誌」のなかでは、アジサイ属に関して多く取り上げています。
 特に、日本における妻:お滝さんにちなんで、アジサイの学名を「ハイドランゲア・オタクサ(Hydrangea Otakusa Sieb.)」と名づけたことは有名です。
 美しいアジサイとお滝さんの面影を重ねています。
 
 なお、日本の妻:お滝との間にできた娘:イネは、14才から5年間、二宮敬作の指導によって、日本初の女医になり、東京で産科の医院を開院し、77歳で生涯を閉じました。

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