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8月24日 ヴェスヴィオ火山噴火、ポンペイ埋没

 西暦79年の今日は、イタリアのヴェスヴィオ(英語ではヴェスヴィアス)火山が突然噴火して、麓のポンペイの市街が約8メートルの火山灰により埋没した日です。

 1738年に近くの農夫がこの遺跡を発見して発掘されました。
 歴史小説家・リットンの「ポンペイ最後の日」は、この大噴火を題材にしたものです。

 さて、ヴェスヴィオ火山は、イタリア南部のナポリ市に近いナポリ湾岸にあります。このためかナポリはとても美しい港で、世界3大美港の1つに数えられています。
 ヴェスヴィオ火山は現在は噴火していませんが、歴史的には何回となく噴火しています。最近では1944年3月22日に大噴火して、近くの村を埋没させました。
 標高は1,281mでそれほど高くありません。

 ポンペイを埋没させた噴火より17年前の紀元62年2月5日、ポンペイは激しい地震に襲われました。この地震でポンペイや他の諸都市が大きな被害を受けました。
 すぐに再建され、以前より立派になりましたが、その再建が完全に終わりきらないうちに、紀元79年8月24日の大噴火がおこり、一昼夜に渡って降り積もった火山灰は、翌25日にはポンペイを完全に埋没させてしまいました。

 ローマの軍人でもあった博物学者の大プリニウスは、ポンペイの市民を救助するために船で急行しましたが、煙(二酸化硫黄か?)に巻かれて死んだことが甥の小プリニウスによってあきらかにされています。
 この噴火のようすは歴史家タキトゥスにあてた小プリニウスの手紙にくわしく書かれています。

 この手紙によると、「ヴェスヴィオ火山の山頂、火口付近から、松の木のような形の暗い雲が見られ、雲は山の斜面を急速に下り、海にまで雪崩れ込んで、そして雲は火口から海までを覆った」と書かれています。
 この現象は、現在では火砕流とよばれています。火砕流は火山が噴火したときに、高温ガスや灰や岩石が雪崩れのように流れくだる現象です。

 さらに手紙は「爆発した時に地震を感じ、地面は非常に揺れた。灰がどんどん積もり、村から逃げなければならなかった。そして、海の水がみるみる引いていき、津波がおきた。」と続けています。(当時は津波という言葉はありませんでしたが・・・)

 逃げ遅れた人々は火山灰の中に埋もれて死にました。
 発掘のとき火山灰の中に空洞ができていました。これは生き埋めになった人の遺体の部分だけが腐ってなくなってポッカリ穴ができたものです。
 ここに石膏を流し込んで、逃げまどうポンペイ市民が死んだときのようすを再現しています。
 母親が我が子をかばって火山灰から我が子だけでも守ろうとしたようすも、飼われていた犬がもだえ苦しむようすも、生々しく再現されました。

 町は、古代ローマ人の生きた生活のようすをそのまま伝え、焼いたままのパンや、テーブルに並べられたままの当時の食事と食器、コインなどが見つかりました。
 いろいろな店や職業、奴隷の手足を縛る鎖、当時のラテン語で書かれた壁の落書き、保存状態のよいフレスコ画は、当時の文化をそのまま伝えています。

 ポンペイは、ほぼ直角に交差する直線の大通りによって規則的に区切られ、計画的に設計された町であることがわかりました。

 ところで、1880年には山麓から火口まで登山電車が開通しました。
 これを記念して作られた歌がナポリ民謡「フニクリ・フニクラ」です。この登山電車は1944年の噴火で破壊されましたが、のちに1990年に復旧・再開されています。

 なお、火山が近くにあるという地形が類似していることから、これをもとに桜島のある鹿児島市とナポリ市とは姉妹都市の提携を結んでいます。

 そのポンペイ遺跡は世界遺産になっています。
 ナポリ・ポンペイ(スミマセン。勝手にリンクしました)

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