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8月15日 ポツダム宣言受諾を発表

 1945年の今日、8月15日は、「ポツダム宣言受諾」を連合国に通告したことを日本国民に発表した日です。
  
 ポツダム宣言は、「全日本国軍隊ノ無条件降伏」(同宣言13条)などを定めていましたので、その受諾は日本が降伏することを意味していました。
 つまり日本の敗北を内外に示したものでした。

 さて、前夜8月14日、御前会議で決定され、閣議で確定された「ポツダム宣言受諾」の詔書案は、昭和天皇によって裁可され、終戦の詔書として発布されました。
 
 昭和天皇が詔書を朗読してレコード盤に録音させ、翌15日正午からラジオ放送によって国民に「ポツダム宣言受諾」を告げることになりました。
 いわゆる「玉音放送」です。

 しかし陸軍の一部には徹底抗戦をとなえ、放送用の録音レコードをクーデター的に奪い取ろうとする動きがありました。
 近衛師団長が惨殺され、録音を行った東京放送局の職員が拘束されましたが、決起は失敗に終わっています。
 東宝映画「日本のいちばん長い日」に克明に描かれています。

 国民には、あらかじめ「15日正午には必ず放送を聴くように」との注意が行われていました。
 この「玉音放送」ですが、劣悪なラジオのために音質がきわめて悪いものでした。
 さらに天皇の朗読に独特の節回しがあり、難解な語句のために内容がよく解らなかったという人々の証言が多いようです。
 日本が負けたという事実は、「玉音放送」のあとの解説で事情をつかんだ人によって周囲に知らされたようです。

 8月15日以後も、ソ連や中国とは戦闘が8月下旬まで続いていました。また、戦闘の停止命令が届かなかった部隊などでは小規模な戦闘が続いていました。
 さらに沖縄の久米島では日本軍による住民の殺害が行われていたといわれています。

 9月2日、東京湾に停泊していたアメリカ軍艦上で、日本政府と軍代表が降伏文書に署名して、4年にわたった太平洋戦争が正式に終了しました。

 戦争の犠牲者はどのぐらいあったかはっきりしていないようです。
 一説には、太平洋戦争に兵士として参加した日本人は約1000万人、そのうち戦死者は約200万人といわれています。
 一般国民の死者は約100万人で、家を焼かれ、財産を失った者は約1500万人といわれています。
 日本国民は未曾有の被害を受けました。
 このような惨状で戦争が終わり、同時に新しい戦後が始まりました。

 そのころ私の家族は名古屋が空襲を受けていたので木曽川沿いの犬山に疎開していました。
 父は徴兵されて満州に出征していました。
 戦地の体験など具体的なことを聞かずじまいで父は逝ってしまいましたが、無事に帰ってきてくれたお陰で今の私が存在します。

 戦後63年目を迎える今日、戦争で亡くなった人々を慰めるとともに、もう2度と戦争をしてはならないと強く思います。
 
 「日本国憲法第9条」があるから大丈夫、という時代はとうの昔になくなっています。
 しかし、「日本国憲法第9条」を守る声の大きさが戦争を食い止める力になることはまちがいないでしょう。

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