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7月17日 徳川家茂(14代将軍)が誕生

 1846年の新暦7月17日は、江戸幕府の第14代将軍・徳川 家茂(とくがわ いえもち)が誕生した日です。
 家茂は徳川家斉の孫にあたり、4歳で紀州藩主になりました。第13代将軍の徳川家定とは従兄弟の関係でした。
 
 NHKテレビの大河ドラマ「篤姫」で知られているように、将軍に最も近い血筋の人物であるとして、慶喜(よしのぶ)らの一橋派を抑え、井伊直弼ら南紀派の支持を受けて、徳川家定の死後、13歳で第14代将軍となりました。

 衰えた江戸幕府の崩壊をいかにしてもちこたえるかが将軍・幕臣の最大の課題でした。  このとき幕府は200年余り抑え続けてきた朝廷の権威を利用しようとしました。
 
 1862年、公武合体策を決断した家茂は、朝廷から和宮(かずのみや・孝明天皇の妹)を迎えて結婚しました。
 幕府と朝廷を結びつけて討幕派を抑えようとする政略結婚ではありますが、2人の関係は良好で、たいへん夫婦仲が良いといわれていました。
 
 その後、家茂は長州征伐の途上、大坂城にて倒れました。
 知らせを聞いて、朝廷からも江戸城からも医師が派遣されてきましたが、その甲斐なく、家茂は同年7月20日に大坂城にて逝去しました。享年21といわれています。

 朝廷から派遣されてきた漢方の医師らは脚気の診断しました。江戸から派遣された西洋医の幕府奥医師らはリウマチと診断しました。
 両者には診断をめぐる厳しい対立があって、家茂に対して適切な診療ができなかったことが、家茂の命を早く奪ったのではないかと指摘されています。

 1958年、増上寺の徳川将軍家の墓地の改葬の際に、徳川家の人々の遺骨の調査がおこなわれました。
 調査によると、家茂の虫歯の状態はことのほかひどく、虫歯が30本もあったといいます。
 歯が弱い体質に加えて大の甘党だったことが虫歯の原因だったといわれています。
 その虫歯が家茂の体力を弱めたのかもしれません。
 
 また墓地改葬の際に、和宮の墓の中から家茂と思われる男性の肖像写真が発見されました。
 これまで家茂は義兄の孝明天皇にならって、写真撮影はしていなかったとされていました。死の直前に大坂で撮影されたものと推定され、江戸にいる和宮に贈ったとみられています。
 ところが写真発見の翌日に、再度写真を検証しようとすると画像は失われており、そこにはガラス板があるのみだったそうです。
 ミステリーですね?
 知られてはいけない別の人物の写真でしょうか。

 とにかく徳川家茂は、血筋だけでなく、聡明でまじめな品格をもっており、勝海舟ら幕臣からの信望が厚い将軍だったといわれています。
 
 

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