« 7月6日 サラダ記念日 | トップページ | 7月8日 質屋の日 »

7月7日 七夕、日中不再戦の日

 今日7月7日は、「七夕の日」です。
 
 「七夕」というのは「棚機(たなばた)」の意味です。
 昔の日本では、祖先の霊が旧暦の7月15日の夜にもどって来るといわれていました。家々ではもどってきた祖先の霊に着せるための衣服を機織(はたおり)して棚に置いておく習慣がありました。
 棚(たな)に機(はた)で織った衣服を備えることから「たなばた(棚機)」という言葉が生まれました。
 
 その後、仏教が伝来すると、7月15日は仏教上の行事「盂蘭盆(盆)」となりましたので、棚機は盆の準備をする日ということになって7月7日に繰り上げられたのです。

 織姫・彦星の話はこれとはまったく関係ありません。
 中国から伝わった織女・牽牛の伝説が結び附けられ、天の川を隔てた織姫(織女星、こと座のベガ)と彦星(牽牛星、わし座のアルタイル)が年に一度の再会を許される日というのがつけ足されました。
 現在では、こちらの話の方が主流になっています。

 また7月7日は「日中不再戦の日」でもあります。「日本と中国がふたたび戦争をくりかえさない」という意味です。
  
 1937年7月7日の夜半、北京郊外の盧溝橋付近で、日本の支那駐屯軍が中国側に通告なしに夜間演習を実施していました。
 その最中の午後10時40分ごろ、数発の射撃音があり、点呼してみたら日本の2等兵1人が足りなかったのです。
 これは「中国軍の奇襲にちがいない!やられた兵士の仇を討つのだ!」という騒ぎになり、事態を重視した牟田口廉也連隊隊長は日本の主力部隊の出動を命じ、7月8日未明から中国軍を攻撃したのです。
 
 なぜ足りなかったのかというと、兵士1名が下痢のため、演習直後に草むらにかけ込んだためであり、直後に無事帰還していたことがわかりました。しかし、発砲してしまってからは後にもどれません。
 この発砲事件をきっかけに、日本軍と中国国民党軍は戦争状態に突入し、戦線が拡大していきました。
 「盧溝橋事件」(中国では七七事変)は長い日中戦争のきっかけになった事件なのです

 中国侵略をねらっていた日本は、たとえ草むらに駆け込んだ兵士がいなくても、何か別の理由をつけて戦争を拡大していたでしょう。

 「日中不再戦の日」に思うことは、日本がこの先いつまでも戦争には縁のない国であってほしいということですね。 

« 7月6日 サラダ記念日 | トップページ | 7月8日 質屋の日 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/503568/41757902

この記事へのトラックバック一覧です: 7月7日 七夕、日中不再戦の日:

« 7月6日 サラダ記念日 | トップページ | 7月8日 質屋の日 »