« 6月12日 日記の日 | トップページ | 6月14日 オリンピックマークが制定された »

6月13日 鉄人の日

 1987年の今日、プロ野球広島カープの「鉄人」とよばれた衣笠祥雄選手が、2131試合連続出場の世界記録を作りました。

 1970年10月19日の読売ジャイアンツ戦から始まった連続試合出場記録は、1987年6月13日の対中日ドラゴンズ戦で2131試合に到達しました。
 この日、それまでルー・ゲーリッグ(ニューヨーク・ヤンキース)が保持していた世界記録を更新し、それ以降10月22日の引退まで、2215試合連続出場を果たしています。
 同年、国民栄誉賞が授与されました。
 
 さて、広島カープのファンは衣笠選手に「鉄人」というニックネームをつけました。
 なぜ「鉄人」なのでしょう。
 たしかに衣笠選手は鉄のような頑丈な飛び抜けた頑丈な体の持ち主でしたが、「鉄人」のニックネームの謎は、横山光輝のマンガにありました。
 「鉄人28号」です。
 衣笠選手のはじめの背番号が28番だったのです。(後に3番になります)

 衣笠選手は京都府・平安高校出身で、第36回選抜高等学校野球大会(春のセンバツ)、第46回全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)に捕手として出場しています。
 いずれもベスト8の成績を残しています。
 
 翌年、広島カープに入団しました。監督の方針で内野手に転向し、一塁手のレギュラーに定着しました。後には三塁手にコンバートされて三塁手になりました。
 1975年、5番打者として4番の山本浩二と共にクリーンナップの一翼を担い、球団初のセントラル・リーグ制覇に大きく貢献しました。

 その後も赤ヘルの主砲として、1984年のチームのリーグ優勝・日本選手権シリーズ制覇に貢献し、最優秀選手にも輝きました。
 1970年代後半から 1980年代の広島カープ黄金時代を築き上げる原動力となった選手の一人です。

 私は、プロ野球はのめり込むほど熱心ではありませんが、広島カープの山本浩二はよく知っていましたが、衣笠祥雄の影は、私の中では薄いものでした。

 ところが、衣笠選手の成績がすばらしいことを知りました。
 連続試合出場記録2215(現在は世界第2位、アメリカのカル・リプケンjrが記録更新)
 通算安打2543本(歴代5位)
 通算本塁打504本(歴代7位)
 通算打点1448(歴代10位)
 通算得点1372(歴代5位)
 さらに盗塁王になった年もあります。

 長期にわたって安定した高い打撃成績を残しており、史上屈指の強打者であったことがわかりました。

 なお、1996年に野球殿堂入りしています。

« 6月12日 日記の日 | トップページ | 6月14日 オリンピックマークが制定された »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/503568/41515482

この記事へのトラックバック一覧です: 6月13日 鉄人の日:

« 6月12日 日記の日 | トップページ | 6月14日 オリンピックマークが制定された »