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6月25日 琴の宮城道雄が事故死

 1956年6月25日未明、箏曲の第1人者であった宮城道雄が、大阪公演へ向かう途中、愛知県の刈谷駅付近で夜行急行列車「銀河」から転落して死亡しました。
 
 現在でも事故か自殺か、真相は不明のままです。当時の急行「銀河」は列車だったので、乗降口の開閉は自由にできる仕組みでした)

 宮城道雄は生後200日で目の病気をわずらい、また、4歳のころには生母と生き別れ、祖母のミネに育てられました。8歳で失明を宣告されました。
 
 11歳で生田流箏曲の免許皆伝となり、13歳のとき一家で朝鮮へ渡り、箏と尺八を教えて家計を助け、14歳で第一作の箏曲「水の変態」を書き上げています。
 
 その後、作品発表会を開催して作曲家としてデビューし、自作や古典曲の演奏を行う一方、古典楽器の改良や新楽器の開発を行いました。
 
 昭和4年に発表した名曲「春の海」は、フランス人女流ヴァイオリニスト、ルネ・シュメーと競演され、世界的な評価を得ることになりました。今もデパートやショッピングモールなどでもよく流されています。

 また、その曲風に西洋音楽の息吹を感じられます。それは幼少の頃、神戸のレコード屋の前で熱心に立ち聞きして覚えた旋律にあると言われています。

 さて、私の母が琴の師範の資格を持っていましたので、家で琴の練習をよくしていました。
 小学生のころには演奏会に連れて行かれたことがありました。名古屋の八事の会場でおこなわれたときのことをよく覚えています。
 
 私ら兄弟も遊び半分で母から琴を習いました。私は「さくら」「青い目の人形」のほか、「六段」のほんのさわりの部分など今もなんとなく覚えています。
 
 私の結婚式では、母と「青い目の人形」を合奏しました。そのときの大きな琴は、大阪の式場へ兄姉たちが新幹線で運んでくれました。(合奏はまったく下手でした)

 このように琴の音色を聞いて育っていたため、お正月などに箏曲が流れてくると、心からなつかしい気持ちにひたります。「琴っていい音してるなあ」とつくづく思います。
 
 こういう環境でしたので、私はまだ小学生でしたが、宮城道雄が事故死したときのニュースはおぼろげに頭に残っています。
 今日、宮城道雄を取り上げたのも、古い記憶があったからです。

 なお、命日の本日6月25日は遺作の歌曲にちなみ、「浜木綿忌」と呼ばれています。

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