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6月2日 本能寺の変

 今日は、あの有名な「本能寺の変」で織田信長が自刃した日です。

 1582年、天下統一を目前にひかえた織田信長は、中国地方の毛利勢を滅ぼすために備中高松城で苦戦している羽柴秀吉の援軍として、明智光秀を差し向けました。

 ところが光秀は播磨へは向かわず、京都の町に入りました。
 部下たちは進路の変更にとまどいますが、光秀は「我が敵は中国に無し。京都四条の本能寺にあり。」(簡単にして「敵は本能寺」と伝えられている)と命令を下しました。

 こうして謀反を実行したのは、6月2日の未明のことでした。不意打ちをくらった織田信長は、無念のうちに燃えさかる火の中で自刃して果てました。
 
 死に際に、それまでも好んで舞っていた「敦盛」の一節を口ずさんだといわれています。
 「人生五十年、外天のうちに比ぶれば、夢幻のごとくなり 一たび生を得て 滅せぬもののあるべきか」

 享年は49歳でした。

 光秀が信長になぜ謀反をおこしたのか、さまざまな理由があるといわれていますが、はっきりした原因や理由がわかっているわけではありません。

 ただ、光秀は吉良上野介のときのように、悪者にされていますが領民には善政をおこないました。学問にも明るい文化人でした。
 亀岡城を築城したことから、京都府亀岡市では「亀岡明智まつり」が毎年開かれています。

 光秀の生誕地は現在の岐阜県可児市です。(私事ですが、姉夫婦と姪が住んでいます)
 
 「三日天下」、「裏切り者」のイメージが強い明智光秀の汚名返上をめざしている方がおられます。
 ホームページ「明智光秀生誕の地にて」 (すみません。勝手にリンクしました)

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