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5月27日 「小倉百人一首」が完成した

 鎌倉時代の1235年の今日、藤原定家によって「小倉百人一首」が完成されました。

 藤原定家が書いた「明月記」の文暦2年5月27日の項に、定家が親友の求めに応じて書写した和歌百首が、京都嵯峨の小倉山荘の障子に貼られたとの記述があります。
 「小倉百人一首」が5月27日に完成したという記事があります。

 さて、「小倉百人一首」を選んだのは藤原定家ではないのではないかといわれたことがありました。
 現代では、やは り百人一首を選んだのは定家本人であるといわれています。

 藤原定家は、「三大和歌集」の一つ、「新古今和歌集」の撰者として知られています。しかし、必ずしも定家はこの和歌集に満足しておりませんでした。
 ですからあらためて百人の歌人の歌を一首ずつ選びなおしたといわれています。定家がなぜ選びなおしたのか、真のねらいの解明はなかなかおもしろいものがあります。

 定家はある目的をもって「百人から一首ずつ」選んだということです。
 「林直道の百人一首の秘密ホームページ」をご覧ください。(勝手にリンクしました) 

 何はともあれ、百人一首は実におもしろいですね。
 私は、父母が好きでしたから小学校に入りたてのころから遊んでいました。お正月にはじめたカルタ遊びは、わが家では夏休みまで続いていました。

 名古屋の姉夫婦の世話になっている97歳になる母の病状が、おかげで回復してきましたので、ときどき「百人一首」の相手をするため名古屋に帰っています。
 私が帰ると岐阜の姉も来て、めいも加わってカルタ大会が始まります。
 「昔、取った杵柄(きねづか)」というのはすごいですね。97歳になってもよく覚えています。

 これやこの~
 いにしえの~
 ひさかたの~
 きりぎりす~
 ほととぎす~

 みんなで人の十八番をチェックして取り合うのがまたおもしろいです。
 いつまでできることやら、今のうちにもっと楽しんでおきたいものです。

 私の十八番は「秋の田のかりほの庵のとまを荒みわが衣手は露に濡れつつ」です。

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