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5月22日 チリ地震津波、日本を襲う

 1960年5月22日19時11分(日本時間:昭和35年5月23日04時11分)にチリ沿岸のバルディビア近海を震源として巨大地震が発生しました。
 「チリ地震」とよばれ、地震の規模を示すマグニチュード(M)は8.5(モーメントマグニチュード(Mo)は9.5)で、世界でも最大級の地震でした。

 まず前震がM7.5で始まり、M7クラスの地震が5~6回続いた後、本震がM8クラスで発生しました。また余震でさえもM7クラスであったために、首都サンチャゴ始め、チリ全土が壊滅状態になりました。
 
 また、海溝が盛り上がり、海岸沿いの山脈が2.7メートル沈み込むという大規模な地殻変動も確認されました。
 また有感地震が約1000キロメートルにわたって観測され、地震波は地球を3周したことが確認されました。

 チリの海岸では最大20m以上に達する津波が襲ったといわれています。
 
 チリ沿岸を出発した津波は約15時間後にハワイ諸島を襲いました。ハワイ島ヒロでは約11mの高さを記録し、その他のハワイ諸島やサモア諸島でも数mの高さの津波が観測されています。

 日本への津波の来襲は、地震からなんと約22.5時間後の24日の早朝に北海道東部沿岸に到着しました。その後、太平洋岸の各地を次々と襲っていきました。太平洋岸のほとんど全域 で津波が観測されました。
 
 波の高さは1~4mでしたが、三陸海岸の沿岸の湾奥などでは、特殊な地形のために、波が増幅されて5mを超えたところもありました。
 全国で死者・行方不明者142名、家屋の倒壊や流出、住家の浸水、橋梁破壊、道路決壊、田畑の冠潮、船舶 の流失などの多大な被害が出ました。 
 被害が大きかった岩手県大船渡市では津波により53名が亡くなりました。
 
 一方で歴史的に度重なる津波被害を受けてきた田老町(現在の宮古市)では、高さ10mの巨大な防潮堤が功を奏して人的被害は皆無でした。
 高さ10mの防潮堤をつくっていたとは驚きです。(南海大地震の津波に備えるためには、このぐらいの防潮堤が必要といわれています。)

 このようにチリ地震津波は、「津波は遠方まで伝播する」という顕著な例としてあまりにも有名です。
 地球の裏側から突然やってきた津波(遠隔地津波)に対する認識が甘かったことが指摘され、このチリ津波が契機となって、気象庁は海外で発生した海洋型巨大地震に対しても、たとえばハワイの太平洋津波センターと連携を取るなどして津波警報・注意報を出すようになりました。

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