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5月1日 水俣病公式発見の日

 1956年の今日は、当時の新日本窒素(現在のチッソ)水俣工場附属病院院長の細川一は、新奇な疾患が多発していることに気づき、「原因不明の中枢神経疾患多発」と保健所に報告した日です。これが「水俣病」の水俣病公式発見の日とされています。

 すでに1942年ごろ(まだ戦争中)から、水俣病らしき症例が見られたとされていますが、顕在化したのは戦後の1953年ごろからです。
 
 このころより、水俣湾周辺の漁村地区を中心に、ネコ・カラスなどの不審な死が多く発生しはじめました。空を飛んでいる鳥が落ちてきました。ネコが苦しさのあまり狂ったように走り回って死にました。
 やがて、特異な神経症状を呈して死亡する住民がみられるようになりました。 

 水俣病の患者はほんとに悲惨でした。

 当初、患者の多くは漁師の家庭から多く出ました。原因が分からなかったため、はじめは「奇病」(猫踊り病)などとよばれていました。
 
 水俣の近海でとれた魚介類は価値がなくなり以上では売れなくなりました。水俣の漁民たちはたちまち貧困におちいりました。
 貧困のため食糧を今まで以上に魚介類によらざるをえなくなりました。こうして水銀の被害が拡大されていくことになりました。
 
 元気な孫見たさに、水銀が濃縮されている魚をせっせと妊娠中の娘に食べさせた老漁師、生まれてきた孫は生まれながらの水俣病患者、という残酷な話を聞いたことがあります。
 テレビで見た若くてたくましそうに見える漁師の青年は水俣病患者でした。彼は、水銀で神経をやられているため腕(それとも指?)の力がないのでした。
 力が出せないので、物が運べず、漁師はできません。

 現在では、すでに明らかなように、水俣病は、公害病の一つで化学工場(チッソ)が海に流した廃液により引きおこされたことがはっきりしています。
 
 まさに世界最大の水銀公害病でした。

 政府は積極的な解決をはかるとしていますが、水俣病の認定基準を改めるなどの努力をしてほしいものです。
 まだまだ苦しんでいる人がいます。

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