« 5月12日 看護の日 | トップページ | 5月14日 種痘記念日 »

5月13日 大阪ミナミの「千日デパート」火災

 1972年の今日、大阪ミナミの「千日デパート」で火災がおき、死者118名を出しました。

 当時は5階までがショッピング、6階がゲームコーナー、7階がキャバレー『プレイタウン』でいわゆる雑居ビル状態でした。
 その上、6階がボウリング場へ改装中であり、また3階のニチイの洋品売場も改装工事中でした。

 1972年5月13日、閉店直後の22時27分頃、改装工事中の3階婦人服売り場より出火しました。
 原因は工事関係者のたばこの不始末でした。

 延焼は5階まででしたが、建材の燃焼による有毒ガスが発生し、そのガスが階上にまで充満しました。
 避難設備の不備と従業員の不手際が重なって、死者118名・重軽傷者78名の大惨事となりました。

 逃げ道であるはずの階段が煙突の役目を果たしました。当時、この時間帯で唯一営業していた最上階のキャバレー(当時はアルサロ)に煙が充満しました。

 この時、キャバレー従業員はパニックに乗じて客が飲み逃げしないように、避難扉の外側から施錠したため被害が大きくなったといわれています。
  
 逃げ場がなくなった客の多くはやむなく窓ガラスを割り、15m下の地上めがけて飛び降りました。しかし、無事に飛び降りた客はほとんどどおらず、飛び降りた24名の内22名が全身挫折や頭蓋骨折などで死亡(即死の客も)しました。
 
 飛び降りなかった客の多くは一酸化炭素中毒で窒息死しました。98名が7Fフロアで折り重なるように倒れていたということです。
 この内一部の遺体は、窓枠にしがみつき半身を乗り出した状態で絶命していました。
 
 また、非常誘導路に当たる箇所に間仕切りがされて、事実上非常誘導路がなくなっていたことなど、商業至上主義の雑居ビルの欠陥を露呈させる事件となりました。

 家主の日本ドリーム観光は賃料の収入を確保しようとして、多くのテナントを無理して入れていました。この結果、全館の管理責任体制がかなり散漫となっていました。

 火災発生から消防署への通報まで相当な時間があったともいわれています。
 新しい建築基準法にも不適合の状態でした。防火シャッターが自動作動せず、スプリンクラーが未設置でした。
 日本ドリーム観光側の管理体制に手抜かりがあったことは明らかです。

 裁判では第一審は被告全員は無罪でしたが、控訴審(大阪高裁判決)では一転して全員が有罪、上告審(最高裁判決)において変わらず、有罪が確定しています。

 また、翌年におきた大洋デパート火災(熊本市)では103人の方が亡くなっています。
 これらの火災は、新しい建築基準法に対して、「既存不適格」の物件を早急に無くすために、建築基準法及び消防法の大改正が行われる契機となりました。

 ビル火災の恐さをあらためて感じました。

« 5月12日 看護の日 | トップページ | 5月14日 種痘記念日 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/503568/41185598

この記事へのトラックバック一覧です: 5月13日 大阪ミナミの「千日デパート」火災:

« 5月12日 看護の日 | トップページ | 5月14日 種痘記念日 »