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4月9日 大仏の日

 旧暦の752年の今日は、奈良東大寺の大仏の開眼供養が行われました。これにちなんで「大仏の日」に制定されました。

 東大寺の大仏は、一般には「奈良の大仏」と呼ばれていますが、本名は「東大寺盧舎那仏像(とうだいじるしゃなぶつぞう)」といいます。
 東大寺金堂(大仏殿)の本尊です。

 奈良時代、聖武天皇の発願で制作が開始され、752年に開眼供養会(かいげんくようえ、魂入れの儀式)が行われました。

 「銅造盧舎那仏坐像」の名で彫刻部門の国宝に指定されています。 

 聖武天皇は、なぜ大仏の建立を思い立ったのでしょうか。それは、仏教の力で国家を安定させたかったからだといわれています。
 逆に言えば、奈良時代の日本は社会不安が深まり、決して安定した状況にはなかったということです。
 天然痘が大流行して多くの人が死にました。当時の政治の中枢にいた藤原氏4兄弟も天然痘で次々死亡しています。
 毎年、かんばつ・飢饉が続いて農民の生活はどん底です。
 大地震で大きな被害をうけました。
 さらに九州では藤原広嗣の乱がおこるなど、社会不安にさらされた時代でした。
 
 しかも、このような大規模な建設工事は農民の労役の負担と税の負担を激増させました。平城京内では浮浪者や餓死者、農民の夜逃げが後を絶ちませんでした。
 聖武天皇の思惑とはほど遠い現実がつきつけられました。
 
 国家の安定どころか、租庸調の税制が崩壊寸前になる地方も出るなど、始まったばかりの律令政治が崩壊しはじめるきっかけにもなりました。

 大仏には、完成後数十年にして亀裂や傾きが生じ、855年の地震では首が落ちるという事故がありました。
 源平争乱期と、戦国時代の2回、兵火で焼失しています。
 
 現存する大仏像は、補修がはなはだしく、当初の部分は台座、腹、指の一部などごく一部が残るにすぎませんが、大仏のスケールは見る人を圧倒しています。

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