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3月1日 ビキニデー

 今日は3.1ビキニデーとよばれています。しかし、残念なことですが、最近はあまり知られていません。

 私の小学校時代、隣のお兄さんが紙芝居屋さんでした。夕方、太鼓をたたきながら町内を一周すると、子どもたちが集まってきて、5円だったか10円だったかでお菓子を買って紙芝居を見ました。

 その出し物のなかで妙に頭から離れないのが、ある女将さんの頭がキノコ雲のようなヘアスタイになっている「原爆アタマ」「原爆マグロ」という話でした。そのときは何の意味かわからず、みんなといっしょに紙芝居の絵を見て笑っていました。

 ところが、高校生になってから、「原爆マグロ」が、ビキニで水爆の被害を受けたマグロ漁船「第五福竜丸」事件とつながったのでした。

 遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」は、1954年3月1日、米国が設定した危険水域外のマーシャル諸島近海で操業していたにもかかわらず、船体、船員、捕獲した魚類が放射性降下物(いわゆる死の灰)にさらされました。
 実験当時、危険を察知して海域からの脱出を計りましたが、延縄(はえなわ)の収容に時間がかかり、数時間に渡って放射性降下物の降灰を浴び続けることになったのです。
危険区域を狭く設定していたアメリカの過ちでした。
 
 第五福竜丸の船員23名は全員被曝しました。無線長久保山愛吉がこの半年後の9月23日に血清肝炎で死亡しています。

 この水爆実験で放射性降下物(いわゆる死の灰)を浴びた漁船は、数百隻にのぼるとみられ、被曝者は2万人以上とみられています。 

 また事件が一般に報道されると「放射能マグロ」の大量廃棄や、放射能に対する不安感から魚肉の消費が落ち込むなど国民生活にも大きな影響を与えました。(私が紙芝居を見たのはこのころでしょう。)

 「原水爆による犠牲者は、私で最後にして欲しい」(久保山愛吉の遺言)

 第五福竜丸の水爆被害は、当時の日本国内に強烈な反核運動をおこすきっかけになりました。そして国民的運動が大いにもりあがり、核兵器廃絶を求める署名運動が行われました。
 そして翌年の8月、「第一回原水爆禁止世界大会」が開催されました。

 日本は「被爆国」ですが、日本国民は「広島、長崎、第五福竜丸」と、三たび被爆したといわれるようになりました。

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