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2月16日 大隈重信が生まれた日

 明治時代の政治家・大隈重信が1838年の今日、佐賀県の身分の低い武士の家に生まれました。

 小さいときは両親を困らせるほどの腕白坊主でしたが、やがて時代の動きをしっかりつかんで何をすべきかを考える青年に成長していきました。

 明治維新のあと、佐賀藩を代表して新政府に入り、外国事務を担当しました。薩摩藩や長州藩の出身者が幅をきかす中で着々とその地位を固めていきました。
 ところが、大隈がイギリス流の立憲君主制をもととした憲法を考えており、それにもとづいた国会を開いた方がよいという意見書を出したので、保守派の岩倉具視や伊藤博文によって、1881年、政府を追放されてしまいました。

 追放された大隈はイギリス流の立憲改進党を結成し、板垣退助らの自由党と激しく対立しました。しかし、すぐに党を抜けてしまっています
 
 その後、1888年に反政府の勢力を弱めるために政府に入って不平等条約の改正交渉にあたりますが、大隈のやり方批判がでて、爆弾を投げられ、片足を失っています。
 
 77歳のときには、政友会を抑えるために内閣総理大臣にぴっぱり出されました。
 このとき、第1次世界大戦に参戦し、悪名高き「21箇条の要求」を中国政府に突きつけて、中国人民の強い反発を招くなど、強気の外交をすすめました。

 大隈重信の一生の仕事の中で、私が評価できるのは、自主独立の人間を養成するのを目的に「早稲田大学」を創立したことだけです。 

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