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2月26日 ニ・ニ六事件

 今日は、戦前の日本の大きな転換点になった二・二六事件がおきた日です。

 貧農の差が拡大し、貧しい農民のくらしがさらに苦しくなる政治のあり方や、軍部の方針に不満を持つ陸軍の皇道派に属する青年将校たちが、1936(昭和11)年2月26日におこしたクーデターのことを、発生の日付から二・二六事件と呼ばれています。

 当時の農村のようすはひどいものでした。
 昭和6年と昭和9年に大凶作があって、農民の貧しさはぎりぎりまで深刻化しました。農家は蓄えの米を食いつくし、欠食児童が増加し、娘の身売りがあいつぎました。
 村役場には「娘、身売りの場合は、当相談所においで下さい」の紙が貼られるありさまでした。
 農村出身の兵と接触する機会が多い青年将校が、兵の家庭の貧窮や村の飢饉を知るに及んで軍隊の危機を感じたというのでありましょう。

 青年将校らの結論は、「財閥(独占資本家)による私利私欲の追求が、こうした社会的な欠陥をひきおこした。それは政党が財閥と結びつき、日本の国防を危うくする政策をおこなっているからだ」ということになりました。

 2月26日未明、青年将校に率いられた総勢1483名からなる反乱部隊が、首相官邸などの主要閣僚の官邸を襲いました。大蔵大臣、内務大臣、教育総監など9名を殺害しました。
 しかし、戒厳令が布告されて、天皇の鎮圧命令により3日後の29日に鎮圧されました。

 のちに開かれた軍法会議により、反乱将校17名が死刑に、5名が無期禁固刑に、6名が禁固15年の刑に処せられました。
 
 クーデターそのものは失敗に終わりましたが、これをきっかけに軍部の要望を入れないと再びクーデターがおこるというおどしの口実を与えることになりました。
 
 さらに陸軍大臣、海軍大臣については現役武官制が定められました。これは軍部の意見が入れられなければ陸海軍から大臣を出さないということにつながり、軍部の発言力が増大しました。
 
 こうして、2・26事件は、やがて日中戦争、太平洋戦争へ向かう大きなターニングポイントになっていくのでした。

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