« 1月29日 世界救らいの日 | トップページ | 1月31日 生命保険金の受取人第一号  »

1月30日 長谷川町子が誕生

 TVアニメの超長寿番組「サザエさん」の原作者、長谷川町子は、大正9年のこの日、佐賀県多久市で生まれました。

 初めは画家をめざしますが、やがてマンガを書くようになります。デビュー作は「狸のお面」です。よく知られているおもな作品としては「サザエさん」「いじわる婆さん」「いじわる看護婦さん」「エプロンおばさん」などがあります。

 「サザエさん」の構想は、浜辺を散歩していたときに浮かんだものです。最初は、福岡の「夕刊フクニチ」に1946(昭21)年から連載されていましたが、その連載が終了するとき、町子はサザエさんを唐突に結婚させてしまいました。

 その後、町子は東京へ引っ越してきました。ところが連載の続きを書くことなど思ってもおらず、東京で連載を復活するときになってこまったことがおこりました。福岡で連載を打ち切るとき、サザエさんと突然結婚させた相手(マスオ)の顔を忘れていたのです。このとき、福岡まで新聞の縮刷版をみせてもらいにいって思い出しました。

 朝日新聞の連載は順調でした。最初は夕刊でしたが1951年から朝刊に移り、1974年2月、「フジ三太郎」にバトンタッチして終了するまで、朝日新聞の掲載分だけでも25年間の長期連載でした。連載回数は6477回、25906コマにおよんでいます。

 「サザエさん」でも売れない時期がありました。自費出版に近い形で出版した第1巻が売れずに返品の山、第2巻は未出荷のまま自宅に積まれていました。要するにこの時の本のサイズが横長の変形版であったため本棚に並べにくかったことが理由のようでした。第3巻も心配しながら普通のサイズに直して出版しました。

 町子姉妹が直接本屋さんを訪ねて売り込む毎日が続きますが、幸いなことにポツポツと売れ始め、そのうち1巻や2巻もないかという問い合わせが少しずつ来るようになります。こうしてだんだん認められ人気が出ていきました。

 1948年には早くも映画化されました。私は小学校のころ、父に連れられて、江利チエミがサザエさん役をした映画をみたことがあります。これがきっかけで江利チエミのファンになったような記憶があります。
 父はあまりマンガを認めませんでしたが、なぜか「サザエさん」だけは例外でした。学校の懇談会で「うちではサザエさんだけは読ませています」と先生に話していたのを思い出します。
 ほのぼのとした家族の雰囲気、悪者がいないところが気にいっていたようです。

 TVの「サザエさん」は1969年から放映が始まり、現在まで30年間放映され続けました。そのテーマ曲はいまだにヒット・ランキングの上位にあるというとんでもないロングセラー曲です。孫もカラオケではいつも歌います。
 現在は、日曜日の6時30分に放映されており、よく見ていますが、この番組が終了したとしたら多くの人々が寂しい思いをするのだろうなとおもいます。

 1978年、朝日新聞に連載された自伝「サザエさんうちあけ話」は、NHKの朝の連続ドラマ「マー姉ちゃん」として放映されました。
 1992年5月27日死去。

 なお、東京都世田谷区に長谷川町子美術館があります。      http://www.hasegawamachiko.jp/

 ブログランキング・にほんブログ村へ

« 1月29日 世界救らいの日 | トップページ | 1月31日 生命保険金の受取人第一号  »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/503568/17890672

この記事へのトラックバック一覧です: 1月30日 長谷川町子が誕生:

« 1月29日 世界救らいの日 | トップページ | 1月31日 生命保険金の受取人第一号  »