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1月19日 森鴎外が生まれた日

 江戸時代末期のこの日、明治の文豪、森鴎外が現在の島根県津和野で生まれました。明治になって東京に出て、医学を学びました。20歳で東京大学医学部を卒業した鴎外は、軍医となってドイツに留学することになりました。
 「舞姫」「青年」「ヰタ・セクスアリス」「雁」などの作品を紹介してもありきたりでおもしろくないな、思って資料を読み進めますと懐かしい作品が目にとまりました。
 鴎外は、「阿部一族」「高瀬舟」など歴史小説にも筆を染めますが、「山椒大夫」も有名です。これは小さいころ絵本で読んだ記憶があります。若い方はご存じない方も多いと思いかもしれませんが・・・。

 安寿(16歳)と厨子王(13歳)と母の3人は、筑紫に流罪になった夫・父をさがす旅の途中、越後で人買いにだまされました。母は佐渡へ、子の安寿と厨子王は、強欲な山椒大夫に買われて丹後由良に送られました。
 安寿と厨子王の姉弟は奴隷として酷使されます。二人はたがいに励ましあって、辛い仕打ちにたえました。姉に脱走を勧めれられ、機会をねらっていた厨子王は、山椒大夫の手から逃れることに成功します。しかし安寿は山椒大夫に責められ、いじめ殺されてしまいます。
 やがて厨子王は、離ればなれになっていた母と佐渡で出会います。めでたしめでたしという物語です。私の記憶によると、ここで終わっているように思います。

 ただ、簡単に母に会えたことになっていますが、厨子王は逃亡したあと、丹後国分寺に逃げ込みました。僧に助けられて京都に送られ、摂津で某の養子になり、父の冤罪を朝廷に訴えて父は許されます。やがて旧国を与えられて地位を回復します。
 そのあと朝廷に願って佐渡と丹後に少しの土地を許されて領主になると、山椒大夫とその子を捕まえ、鋸引きにして退治したということです。越後の人買いも捕らえて殺しました。
 
 佐渡で「あんじゅ恋しやホーラホイ ずしおう恋しやホーラホイ」と歌っている老婆を見て、厨子王はこの老女こそ母と確信し、かけよってすがりつき再会することができました。

 平安時代の平正氏の史実におおよそはもとづいているようです。しだいに民話になり、江戸時代には絵本になり、明治以降は児童文学になりました。
 しかし、「鋸引き」で仇を討ったとは知りませんでした。ネタは「現実的」なんですね。

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